管理職とは異なる?適切な管理監督者の範囲とは~IPO審査上の労務問題~

「管理職だから残業手当は必要ない」…。
よく言われることですが、会社内で管理職とされている労働者でも、労働基準法上の「管理監督者」に該当しないことがあります。マクドナルド事件の名ばかり管理職問題で世間を騒がせたことを覚えていらっしゃる方も多いかと思います。

マクドナルド事件(東京地判平20・1・28)

名ばかり管理職に対しては労働時間管理も当然に必要ですし、残業代も支給しなければならないこともあります。そのため、IPO審査において管理監督者の範囲、比率を確認され、名ばかり管理職が存在する場合は、未払賃金の有無を確認し、必要に応じて精算をするよう指摘されることがあります。

その遡及調査に時間がかかるためIPOスケジュールを延期させなければならないといったケースも中にはありますので、IPO準備の比較的早期に適切な管理監督者の範囲を整理しておくことが望まれます。

なお、管理監督者の比率については、IPO審査(証券会社の審査や東証の審査)において明確な比率基準はないようですが、会社全体の従業員の10%を超えると状況を細かく確認される傾向があるように思います。もちろん、業種・業界によっても異なります。

労働基準法上の管理監督者とは?

管理監督者とは、経営と一体的な立場にある者の意であり、これに該当するかどうかは、名称にとらわ
れず、その職務と職責、勤務態様、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か等、実態に照らし
て判断すべきであるとされています。

裁判にみる管理監督者の判断基準として次の点があげられます。
◇ 経営方針の決定に参画し又は労務管理上の指揮権限を有している。
◇ 出退勤について厳格な規制を受けず自己の勤務時間について自由裁量を有する地位にある。
◇ 職務の重要性に見合う十分な報酬が支払われている等、地位にふさわしい待遇がなされている。

参考:労基法41条第2号等

ここで、重要になるポイントは①経営方針の決定に参画、②労務管理上の指揮権限、③勤務時間について自由裁量を有する地位、④地位にふさわしい待遇の4点です。

①経営方針の決定に参画とは?

経営方針の決定に関わる必要があるため、経営会議に出席し議決権に類似するような決定に関わる権利を有する必要があります。単に、経営会議に出席しているだけ等では当該要件を充足するとはいえないと判断されることが多いと思われます。

また、BSやPL、KPIといった財務・非財務数値などの報告を定期的に受け、経営計画や事業計画を策定・決定できるような者も当該要件を満たすものと考えられます。なお、単に計画を策定するだけの担当者や最終決定権がない者は管理監督者にならない可能性が高いと思われます。

②労務管理上の指揮権限

部下の「勤怠管理」、「評価」、「採用」の3つ全てを行う権限を有している場合に労務管理上の指揮権限があるとみなされます。ここで、「評価」や「採用」は最終意思決定権を有する場合を想定しているものと考えられます。

したがって、部下の残業時間の管理をするのみで、評価の最終決定権がない者は労働基準法上の管理監督者にならないと判断されることが多いと思われます。

③勤務時間に自由裁量を有する地位

労働安全衛生法で管理監督者についても時間外勤務を管理する必要があるため、勤怠時間の報告は必要であるものの、働く時間や方法について制限を受けないと解するのが一般的です。

④地位にふさわしい待遇

一般的に賃金(報酬)が他の一般社員と比べて高いことをいうものと考えられます。
また、管理職になる以前の残業代を考慮した出来上がりの報酬と比べて、管理職になった後の報酬の方が高いことが必要となります。

賃金(報酬)が他の一般社員と比べて高いことを判断する上で、「賃金(報酬)」の定義も重要になります。ベースになる部分は固定給のみで、全社員に同じルールで支給される業績連動賞与などで、役職がついていることによって係数が他の一般社員よりも高い場合などは、それを考慮することも妥当と判断されるでしょう。

一方で、例えば、営業部の社員でインセンティブを毎月の売上高に応じて支給される場合で、当該インセンティブを考慮すると他の一般社員よりも高い賃金(報酬)となっていた場合は問題になる可能性があります。

このインセンティブは営業マンとしてのインセンティブであり、労働基準法上の管理監督者としての地位として受けるものではないからです。

このあたりの取り扱いは法律等で明記されているわけではないため、実態判断が必要になりますが、できれば固定給部分のみで他の一般社員よりも高い報酬水準に設定しておくことが無難と考えられます。

というのも管理監督者とは別の制度ですが、高度プロフェッショナル制度 分かりやすい解説(厚労省)(P10)に高度プロフェッショナル人材(対象者)の範囲について下記の通り記載されています。

使用者から支払われると見込まれる賃金額が基準年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること(=1,075万円以上)

労働者の勤務成績、成果等に応じて支払われる賞与や業績給等、その支給額があらかじめ確定されていない賃金は含まれないこと

https://jsite.mhlw.go.jp/shiga-roudoukyoku/content/contents/000428471.pdf

制度が違うので絶対的な指標ではございませんが、管理監督者に類似するような働き方が認められる高度プロフェッショナル人材の判断軸は一定程度参考になるものと思われます。

したがって、このことからもインセンティブのようなものは管理監督者の範囲の整理の際にも考慮しないほうが無難であると言えるでしょう。

最後に

管理監督者と管理者は別物であることを理解できたでしょうか?

管理監督者の範囲は労基法の遵守や未払賃金を生じさせない(または過去に生じた未払賃金を精算する)ために非常に重要です。IPO審査でも細かく確認されることがありますので、きちんと整理しておきましょう。

また、その他のIPO審査で重要となるポイントは人事労務チェックリスト~IPO準備で必須の労務管理のポイントを解説~で整理していますので、こちらもご確認ください。