本サイトで書評を行っている7つのIPO関連書籍を公認会計士である私が独断でランキング形式で纏めたものです。より詳細な書評は本ページのリンク先にあります。
Index
第1位:IPOビジネスの本質
本書はその名の通りIPOの本質を解説した良著である。単に監査法人や証券会社の監査や審査の視点で書かれたものではなく、資金調達とその後の企業の成長に主眼を置いており、他とは一線を画した本である。
著者は『IPOビジネスの本質は「株式市場における投資家に対する自社株式のマーケティング」である。』と説明しているが、完全に同意である。
ここで、IPOをする際に必ず登場するプレイヤーはIPO準備会社(株主含む)、証券会社、監査法人の3者であるが、この本質について一番理解しているのは証券会社、次にIPO準備会社、ほとんど理解していないのが監査法人であると考える。
IPO準備会社にIPO経験者や証券会社上がりの者が参画していれば一番目と二番目の順番は逆になることもある。
マーケティング時に一番重要になるのはエクイティ・ストーリー(本書ではコーポレートストーリーと呼ばれている)の構築であるが、この話について著者の実体験をもとに具体的なイメージを用いながら説明されているとても良い本である。
このエクイティストーリー(通称:エクスト)は中期事業計画をマーケティング用にストーリー建てたものであり、またロードショーマテリアル(RSM)の元になる。 さらに金融商品取引法の観点から「勧誘行為は目論見書の範囲内」とされていることからRSMは目論見書とのリンクも考えなければならないことも説明している。それだけでは終わらず、目論見書には将来的な内容の記載に制限がある中、如何に将来情報を伝えるかの解説もしている。例えば「リスク情報」にて今の強みが毀損されることをリスクとして捉えることで、現時点でのKPIのみならず将来に関する一定の説明も可能である。 このエクスト、RSM、目論見書の有機的な一体を考えながらIR戦略を考えることが非常に大事である。
監査法人も監査上の主要な検討事項(KAM)でリスク情報にも一層の意識がされるようになっている中、真に投資家に有用な情報とは何か?を考えることは必要であろう。
ちなみに、IPO準備会社のエクストをたくさん見てきたが、そのエッセンスを抽出するとフレームワークは次の通りと考えており、おおむね本書の内容と整合していた。その意味でも、本書は実務的であり一読に値する。
エクスト策定のフレームワーク ・市場分析 ・内部分析 ・事業戦略 ・定量的なデータ ・差別化の検証 ・戦略的ポジショニング ・資金使途 |
第2位:起業のファイナンス 増補改訂版
本書は起業したてのシード・アーリーステージからIPO前のミドル・レイターステージの資金調達(ファイナンス)の資金調達手法を実務的に解説しています。巷にあるいわゆるファイナンス本というのはCAPMやらマルチプルやら難解な話が多い中、本書は資金調達の手法や投資契約書等に織り込むべき条項、事業計画の策定、資本政策など起業家、経営者が知っておくべき内容を実務的に記している点を評価。
本書では下記の項目について説明している。
・序章:なぜ今「ベンチャー」なのか?
・第1章:ベンチャーファイナンスの全体像
・第2章:会社の始め方
・第3章:事業計画の作り方
・第4章:企業価値とは何か?
・第5章:ストックオプションを活用する
・第6章:資本政策の作り方
・第7章:投資契約と投資家との交渉
・第8章:優先株式のすすめ
・第9章:ベンチャーのコーポレートガバナンス
・おわりに
起業のファイナンス増補改訂版(目次)
ここでは、事業計画の作り方について、面白いなと感じた内容を要約する。
◆事業計画の作り方
起業のファイナンス 増補改訂版(P119)
きれいな図表や分厚い事業計画書を作るのが重要なのではありません。事業計画を作ることを通じて考えがまとめっていれば、説得力の話をできる可能性が高まるということです。
これは本質的です。咀嚼すると、事業計画を作成する目的の一つとして資金調達が挙げられるが、ベンチャーに資金を提供してくれる投資家は何を見てるのだろうか?SWOT分析や3C分析、5force分析などを行い、綺麗にまとめた事業計画だろうか?
確かに、事業計画を綺麗に纏めることで、ビジネスに対する考えが整理されるので結果としてうまくいくことも多いであろう。ただ、要点は経営者を含む会社のメンバーの能力やビジネスにどこまで本気で向かい合っているか、つまり、ヒトに投資するところが強いということである。その判断は経営者が投資家に事業計画の説明をすることで行われる。その際に投資家に魅力を感じてもらえるかが肝要である。
◆事業計画の作り方
起業のファイナンス 増補改訂版(P123)
役員や従業員はもちろん、投資家に対しても「これならいける!」と思ってもらえる「ワクワク感」のようなものがベンチャーの事業計画には必要だと思います。
上記の話にもつながるが、投資したくなる会社というのは、事業について若干の検討漏れはあるものの、現状から将来に向けてストーリーで語られていることである。これがワクワク感の根源だと考える。
本書ではないが、一橋ビジネススクール教授の楠木健氏が著作の『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』でも戦略策定者自身がストーリーに興奮し、面白がり、楽しそうに戦略を語ることができること、つまり、戦略構成要素が絡み合い、全体としてゴールに向かう動的イメージがあることがストーリーのある優れた戦略だというような旨を説明している。
◆事業計画の作り方
起業のファイナンス 増補改訂版(P124)
事業計画は投資家へのコミットメント(約束)の一部を形成することにもなりえます。
これも真理である。絵空事ではNG。確かに株式投資なので損をしても法的に何かを請求できるわけではないが、それではその後の社会的な信用を得られない。そのため、コミット可能な事業計画をできる限り作る必要だが、ベンチャー企業では不確実性も高いため、計画策定時においてロジカルな計画を考えるという(姿勢&努力)が大切。
◆事業計画の作り方
起業のファイナンス 増補改訂版(P128)
事業計画の構成は、下記のような感じが、オーソドックスで分かりやすいかと思います。
・EXECUTIVE SUMMARY
・会社の概要
・外部環境
・数値計画(損益や資金などの計画)
・検討している資金調達の概要や資本政策
会社の概要には、
起業のファイナンス 増補改訂版(P129)
・会社の資本金などの基本事項
・マネジメントチーム(経営陣)の概要(略歴、職歴、この事業に使えるノウハウなど)
・組織(図)
・現在の事業内容の概要
・顧客
・その他
外部環境としては、
起業のファイナンス 増補改訂版(P129)
・マーケットの概要
・市場の規模
・市場の構造
数値計画には、
起業のファイナンス 増補改訂版(P130)
・事業の基本的な戦略
・販売計画
・人員計画
資金調達の概要や資本政策では、
起業のファイナンス 増補改訂版(P131)
・EXITをどうするか?
・想定している企業価値の根拠
・資金調達のスキーム
・株主構成(資本政策表)
数あるベンチャーの事業計画書、エクイティーストーリーを見てきたが、上記のような構成になっている会社が多い印象。
そして、一番力を入れるべきはエクゼクティブサマリであろう。全体をスライド1枚~2枚程度に纏める。これがフックになる。また、経営者はここの説明に全力をかけるべきで、ここで如何に自らがワクワクし、他社をワクワクさせられるかが肝である。あとの細部は社内にブレインがいればその方に説明をお任せしても良いであろう。
次に大事なのは、マーケット規模と競合と比較した自社のポジションおよび将来のポテンシャルを確りと分析すること。将来どの程度の市場をどれくらい確保できるかが会社の成長可能性と同義になるのだから重要である。
数値計画は端的にいうと、トップラインのKPIを分析し、コスト面は固変分解をし、変動コストはそれに紐づく指標を計画し分析する。これにつきます(※業種・業態によっては別の構成になることもある点は留意する)。
SaaS系の企業を例にすると、ARR,MRR,Churn,CAC,CAGRなどのKPIから売上予測をし、原価率から原価を弾きだし、固定費は方針に応じて横引きにするか微増減させる。また、研究開発コストや人材への資金投下をどのようにするか方針を決めて計画に反映させる。大まかにいうとこのような感じである。
他にも本書の本項目では、PL計画、BS計画、CF計画の具体例や計画の出来栄えは出資をどのくらい左右するのか?どのくらいの目標を掲げればいいのか?いい事業計画の見分け方は?など説明している。
別のパートでは、ベンチャーではほぼ必ず発行するストックオプションの税制について解説されていたり、資本政策を考えないことがどれほど悪なのか、投資契約時の条項に関する交渉、優先株式の条件に関する留意など滅茶苦茶大事なことが解説されている。資本政策は一度増資してしまうと取り消し不可なので初期の間違いが致命傷になり得ることを再三主張している。かなりの良著であるため一読をお勧めする。
第3位:資本政策+経営計画のポイント50
本書は実際に3社でCFOとしてIPOを実現させた著者が資本政策と経営計画をセットで考えることの大切さを主張した本である。
資本政策は会社が成長するために必要な資金を調達するための株式発行計画であり、その元になるものが経営計画であるということである。
この本の価値は、一般的なベンチャーファイナンスの手法を説明するだけではなく、エクイティーストーリーと経営計画について重要性を説明しながら資本政策とリンクさせていることにある。
まず資本政策について、タームシートの交渉シート(P33)がかなり秀逸。IPOファイナンスの未経験者はこちらのシートをエクセル化しておき、投資家との交渉時に検討することをお勧めする。項目だけ下記に示す。
・売却参加権(タグアロング)
・残余財産分配
・参加・非参加
・希釈化防止
・みなし清算
・議決権
・配当
・役員指名権
・オブザーバー指名権
・強制売却権(ドラッグアロング)
・優先買取権(先買権)
・最恵国待遇
・経営株主の株式譲渡制限
・株式買取請求権
・オプションプール
・バリュエーション
他にも資産管理会社や優先株式、CB(転換社債)等についても簡単に述べられている。
次に経営計画のパートであるが、エクイティーストーリーは、簡単に言うと、会社の理念やビジョン、経営戦略を含む事業計画を投資家に説明するために纏めたものである。この元になるものが中期経営計画(本書では事業計画書と説明している)である。
この事業計画書やエクイティーストーリーとして重要となる点の解説が3社のCFOとしてIPOを成功させているだけあって、かなり具体的でわかりやすい。
ビジネス上の課題、その課題から成し遂げたいビジョン、チームアップ、競争優位性、プロダクト、ビジネスモデル、事業戦略などなど、どのように説明するべきか解説している。実際私も数多くのIPO準備会社のエクイティーストーリーを見てきたが、素晴らしい会社だなと思うところは、これらの項目について漏れなくダブりなく、理路整然と説明できるように準備している。
中期経営計画についても事業計画、予算統制、KPIなどの関連付けて説明しており、一読する価値はあると思う。
第4位:エンジェル投資家
エンジェル投資家が投資時に留意すべき点を述べているが、ベンチャーキャピタル含む投資家にも通ずる内容である。投資家目線の内容であるが裏を返せば、発行体としてどういう点を意識すると資金調達ができるのかが理解できる本である。
本書は体系だった本ではないが、著書の具体的な実務が記されており、疑似体験には持ってこいである。
ダメな創業者の具体例や良い創業者の具体例、その判断をするための質問の例がとてもためになる。
監査法人で監査をする際に一番差が出るのは質問力だという説もあるくらい、ヒアリングスキルというのは重要であり、習得が難しいものである。
例えば、創業者には大きな視点で次の4つの切り口から質問をするそうだ。
・ビジネス選定理由
・本気度
・成功チャンス
・投資利益
それを図るには「ビジネス内容は何か」、「なぜやっているのか」、「なぜ今なのか」、「競争優位性は何か」を確認することである。
ここから模倣可能性やスケーラビリティ、チーム力などを見分けることもできる。これは別記事で説明している内容と本質的には同じことを言っており、投資・マーケティングで重要なことだと分かるはずである。
他には、「競合やマネタイズ、顧客単価、請求方法、顧客ごとの収入額、ビジネスが失敗すると仮定した場合のポイントなど」を聞くそうだ。
この中で、一番重要だと考えているのは、ビジネス失敗要素を聞くことであり、これを考えている経営者は、物事を多面的に考えらえているため事業が思うようにいかない場合でも柔軟に軌道修正することができるだろう。
また、バーンレートを言い当てる隠し技やデューデリジェンス時のチェック内容など、とても勉強になることが書かれておりベンチャーのファイナンスに携わる者の必読の書である。
第5位:IPO投資の基本と儲け方ズバリ!
本書は個人投資家目線でIPO投資を解説したものである。投資の初心者でもわかりやすく説明したものであるため、必ずしも本質を得たものではないものの、個人で投資する分には本書の内容を理解しておけば、利益を上げることは十分可能であろう。
IPO株の公表時期や場所、IPO株の買い方なども詳細にイメージ図を用いながら説明しているのでわかりやすい。
IPO株は、日本証券取引所グループのWeb内にある「新規上場会社情報」で開示されている。こちらは上場承認された会社が一覧化されている。上場承認~上場日までの間に機関投資家に向けてロードショーを行い、ブックビルディングで需給を見て、公開価格を決める必要があり、この一連に1か月ほど期間を要するため、上場承認後1か月程度が上場日となっている。
この際のブックビルディングに公開価格以上で参加した者のみがIPO株の抽選対象になるのもポイントであろう。ブックビルディング期間は上場承認後約2週間したあたりなので、適時にIPO情報を察知しておかないとIPO株への参加はできない。
抽選に当たるためには、証券会社のお得意先であるほうが有利である、IPO株の販売は証券会社1社が引き受けるのではなく、販売団を組んで販売することもあるため、いろいろな証券会社の口座を開設しておくことを勧めている点もよく読むべきポイント。
他には、株式売出届出目論見書においてみるべきポイントを解説している。監査法人で有価証券報告書の監査をしていても、有価証券届出書の証券情報は監査対象外であるため、意外と監査人も見方が分からないということもあるかもしれない。
10項目ほど挙げられているが、特に重要だと思うのは事業内容、財務データ、新規発行株式数・売出株式数、ロックアップ、株主構成であろう。
ロックアップは株主が上場後に販売できないように制限するものであるが、一般的には90日~180日のロックアップがかかっている。中には1.5倍条項といって株価が発行価格の1.5倍以上になった場合に売却制限が解除されるケースもある。
これは、ロックアップの趣旨がIPO後の株価急落を避けることにあって、株価が発行価格の1.5倍以上になっているということは需要が過熱しており、株価がIPO時よりも急落するリスクは相当程度低いと考えられるから認められているものである。
本書ではさらに、IPOバリュエーションの一般的なマルチプル手法であったり、ローソク足の見方やセカンダリーで株式購入する場合にいつまで様子を見るべきか、他のIPO案件との時期の重複がIPO株価に与える影響、どの上場市場(東証本則やマザーズ)が初値が高騰しやすいか、小型株と大型株どちらが初値が高くなりやすいか、IPOディスカウント理論など勉強になるコンテンツが多い。
第6位:IPOの経済分析
本書のサブタイトルが、「新規公開株はなぜ異常に高いリターンを生むのか? それは正当化されるのか?」とされているように、IPOの公開価格は実勢価格よりも低く設定されていることが多い。このことはIPOの纏めサイトなどを見れば一目瞭然であろう。本書はそのことについて日本の値付けのメカニズムを理解しながら解説している。
これを読めば、一般的なIPOのバリュエーションについて理解できるであろう。ただし、本書は慶応大学の教授が著者であるため若干学術的な色が強い。実際の実務では、機関投資家との面談を何度も行い、IPO時のみならずセカンダリー以降の需給も考慮して株価を決めるため、本書が想定しているものより複雑である。
例えば、抽選に当たった個人投資家は初値がつくと70割は売却すると言われているが、その分の買いが入らないと株価は下落していく一方であるし、機関投資家であってもアクティビストからヘッジファンド、ロング保有の投資家など様々な投資家属性があって、全てが長期保有目的の投資家ではない。
このような中、需給状況を見込むのは至難の業であり、だからこそ、IPOディスカウントがある。
他には本書ではロードショーからブックビルディングの流れ、その際の届出書の訂正タイミング、オーバーアロットメントなども説明しており、とても分かりやすい。
仮条件価格の上限を超えて公開価格が付けられることはない旨の記載もされているが、こちらもIPOの事例を分析すれば把握できるであろう。この事実を理解した上で、IPOの事例を分析すると見えるものが変わってくるはずで、このような気づきをたくさん得られる本書は読むべきIPO本の一つといえる。
第7位:ベンチャー企業の法務AtoZ
本書はスタートアップ起業の資本政策に係る法契約、会社運営上必須となる会社法、ビジネス上重要な契約実務、資金調達、労務、知財に係る法務などベンチャーで必要となる法務を体系的に説明した本である。特に読むべきはファイナンス法務であろう。資本政策は一度実行してしまうとやり直しが効かないものであるため、投資契約実務をきちんと理解しておくことが必要なのだが、スタートアップの段階では法務に知見のある人材がいないことも多く、留意が必要である。
例えば、次の項目について内容を説明できるだろうか。
・表明保証条項
・取締役派遣条項
・ドラッグ・アロング・ライト
・みなし清算条項
・株式買取条項
・種類株式の一般的に活用される種類
これらが説明できないようならば、本書を読んで理解しておくことでやり直しの効かない資本政策で致命的なミスをしてしまうリスクを低減できることであろう。
また、IPOの内部管理体制の観点についても本書で述べられている。例えば内部通報制度であったり、個人情報漏洩の対応、紛争トラブルなどについてである。確かにこれらも重要であるが、本書の他の項目で説明されている景表法や労務もかなり重要になってくる。
景表法の優良誤認表示や有利誤認表示などの理解をしておくことが肝要である。IPO準備会社で虚偽・誇大広告であると指摘されIPOスケジュールが延期になってしまう事例は何社か聞いたことがある。こちらについては証券会社も気にする点であり、IPOの2年ほど前からコンサルとして入っていれば事前にケアすることが可能であるのだが、IPOの直前期に証券会社が入るケースもあり、証券審査や東証審査までに時間的余裕がない場合は、IPOスケジュールが延期になってしまうこともある。
様々な法律があるが、実際には全て理解する必要はなく、このような法律があったなとアンテナを張れるだけで十分で、何か引っかかるものがあれば証券会社や監査法人、顧問弁護士に相談できればよい。
本書は法律という固い内容で、かつ、400ページ弱の文量があるので読むのは大変であるが、一読をしておくことで事前に色々なリスクヘッジ策を講じることができる。その意味でお勧めの本。
その他
なお、是非とも読むべきIPO関連書籍は下記で纏めていますので、よかったらご覧ください。