本記事は下記リンク先の記事を参考にしながら自分の言葉で咀嚼し整理したものになります。元記事はfreeeのファイナンスIRチームの原 昌大さんと内田 修平さんの体験談から成っています。
freee社は①適正なプライシング、②流通市場に移行した後の価格形成、③資本市場の発展への貢献や創意工夫などが評価され、リフィニティブ・ジャパン株式会社より、DEALWATCH AWARDS 2019の株式部門「Equity Issuer of the Year」を受賞しました。つまり、SaaS 企業として赤字上場となったが、国際基準の KPIを開示するとともに著名投資家の投資表明を英文目論見書に記載(IOI)するなど、先進的な取り組みを行った点が評価されたということです。
開示の工夫
SaaS業界では日本初のARR(年間経常収益)を、①カスタマー数と②ARPU(カスタマーあたり単価)に分けて開示
トップラインの伸長の要因を因数分解(顧客増or単価UP)を意識し、ロードショーで機関投資家から高評価を受けたました。売上高ではSaaS企業の成長性は評価できないため、契約のストックであるARRを開示する実務は日本でも定着していましたが、さらにそれを分解してユーザ数とARPUを開示することが投資家の理解促進に貢献しました。
なお、IPO時は将来情報は開示できないため、過去~現在の実績を開示することでfreeeの成長性を投資家に訴求しています。
販売費および一般管理費を①研究開発費(R&D)、②セールス&マーケティング(S&M)、③その他一般管理費(G&A)に区分した開示
これらを開示することで、投資家はポリシーコストやfreeeの成長投資の状況、固変分解などが容易になり、より精度の高い将来予測ができるようになったものと思われます。下記は実際の有価証券報告書(Ⅰの部)になります。P15~16あたりにARPUやユーザ数の推移を記載し、P18に販管費の内訳を記載していますので見てみるとよいです。
https://www.jpx.co.jp/listing/stocks/new/nlsgeu000004dc94-att/12freee-1s.pdf
グローバルオファリングの場合は、かなりのコストをかけて証券会社や弁護士のディーデリジェンスを受ける必要がありますが、上記のような積極的な開示をしようとするとさらに追加のコストがかかります。労力というコストもかかります。それでもなお、積極開示をした理由は、海外のSaaSを熟知した機関投資家にfreeeを理解してもらうというのはもちろん、SaaS企業の開示を底上げし、海外の基準により近い投資家コミュニケーションを根付かせたかったという意図があったそうです。
黄色マーカーの部分は本当に感動しました。一流の企業はこういう意識が出来ていてこそですよね。また、この考えがIRチームメンバーに浸透しているのもすごいです。
IPO準備中の取り組み
freeeは上場の1年以上前から、約90件の国内外機関投資家と意見交換を行い、さらに、上場の約半年前には、Information Meetingとして約100件の機関投資家と面談を行ったそうです。これは、SaaSを熟知した投資家の多い本場の北米も含めて全世界でfreeeのビジネスモデルが認められることと、投資家と対話をしてフィードバックを得ることが目的でした。
また、freeeのオファリングストラクチャーは、いわゆるグローバルオファリング(144A+RegS)と呼ばれるものです。144AやRegSは米国法の規定です。グローバルオファリングにより目の肥えた海外機関投資家が参加してくるので開示レベルを高める必要があり、そこで工夫したのが主に次の3点だったそうです。
①潜在的な市場規模の大きさ(TAM)、②日本でのクラウド浸透率の低さ(今後伸びる余地がある)、③freeeのプロダクトコンセプトの独自性(スモールビジネス向け統合型ERP)
その他にもプロダクトを生み出している考え方、カルチャーや価値基準まで伝えてfreeeを理解してもらえるように工夫しています。
そしてこれが、また日本初の話ですが、Indication of Interest(IOI)を英文目論見書(OC)に記載した点が画期的です。読んで字のごとく「投資家の株式取得意向」のことですが、既存株主でもある大手機関投資家のディール参加意向があることは、他の投資家に対する安心材料の提供繋がりますから、ロードショーやブックへの参加率が高まります。元記事ではIOIの投資家について明言されていませんでした。英文目論見書は公衆縦覧されるものではないので、中身が見れず、どの海外機関投資家がIOIを出したのかは不明ですが、有価証券報告書(Ⅰの部)のP134の株主の状況にある海外機関投資家のどれかが出したはずです。
ちなみにIOIは米国ではよくあることです。私の愛読書でもIOIについて簡単に解説されています。一部抜粋します。投資・バリュエーション実務で進んでいる米国の解説本なので、他にも有益な情報が多くあります。例えば、EV/EBIDAで評価するとして、IPOで資金調達をしますが、そのキャッシュはネットキャッシュに含めるべきか。などに関する示唆を得られます。
As the roadshow progresses, the bookrunners collect formal orders, known as indications of interest.
Investment Banking: Valuation, LBOs, M&A, and IPOs (Wiley Finance) (English Edition) P443
Investment Banking: Valuation, LBOs, M&A, and IPOs (Wiley Finance) (English Edition)
グローバルのIPOロードショー
上場承認後の2019年11月に約3週間のロードショーを行い、国内・海外合わせて、250件以上の投資家とのミーティングをしたようです。米国が約60件程度(うち北米は50件ほど)、香港が約50件、日本が約40件、イギリスがオーストラリアがそれぞれ約20件ほど、その他というような訪問だったみたいです。
ここでのポイントはCompsであるXero(クラウド会計ビジネス企業)がニュージーランド発であるため「オーストラリア」も訪問している点です。同業のビジネスが浸透しているほうが事業をより理解してくれるという考えのもとアイテナリーを変えて訪問したそうです。
また香港の訪問はデモ最中であったためかなりハードだったようですね。
苦難を乗り越えながらロードショーの結果を踏まえて、海外投資家からの強い需要があると見るや、当初の海外比率55%→70%に引き上げました。この海外比率も日本初の水準です。仮条件は1,800~2,000円のレンジで決まりました。その後、ブックビルディングでは海外・国内の機関投資家から、20倍を超える需要があり、IPO価格は2,000円と決定されたそうです。初値は2,500円。
ちなみに有価証券届出書(下記リンク)を見てもらえると分かりますが、主幹事は三菱UFJモルガン・スタンレー証券と大和証券の共同主幹事になっています。引受数やオーバーアロットメントの取り扱いにおいてMUMSSがトップであることから、主幹事としての(ブック・アロケーションにおける)パワーはMUMSSのほうが大和よりも上だったのでしょう。
監査法人はあずさ監査法人ですね。で驚くべきは監査報酬です。有価証券報告書(Ⅰの部)のほうに記載されていますが、直前々期が600百万円、直前期が約1400万円と破格です。近年、監査報酬の引き上げが行われている中、この報酬で監査ができるのはすごいですね。まあ、クラウドシステムのSaaSで収益認識や原価構造もシンプルなので監査工数はそこまでかからないのかもしれませんし、もしかしたら、あずさ監査法人のベンチャーサポート魂で身銭を切って頑張ってくれているのかもしれません。いずれにしても、こういう成長企業を低監査フィーで支援・監査している頑張りは素晴らしいです。